ツール・ド・おきなわ 市民210完走「70㎞サイクリングおじさん」

ツール・ド・沖縄市民210㎞、3回目、初挑戦から5年にして漸く完走しました。

まず、パワーデータは、平均パワー160W、NP201W、平均ケイデンス85。体重は60.6㎏でした。

ちなみに、与那の登りは、1回目21分強(NP260W)、2回目24分弱(NP230W)でした。


さて、詳細はというと・・・5:30ぐらいに召集場所に行って、前の位置をGET。元チームメートのIさんと談笑しながら、定刻どおり7:27スタート。スタートしてものの5分で後方に追いやられるいつものパターン。序盤の中埋め作業の時が一番心拍が上がったときだったと思う。心拍計は使っていないけど、この時以外にハアハアすることが皆無でした。それにしても、序盤の本部半島の落車ポイントは、必ず毎年同じなので、事前に明確に告知しておいて、その区間の前後だけイエローフラッグにするなどの対策がとれないものかどうか。3回とも同じ光景を見ていると思う。後方定位置だったため、特に被害を受けることなく、与那の登りまでは集団で行くことができた・・・が・・・、何故か60㎞地点ぐらいで左足ハムに攣りの傾向が・・。何故・・。ここで完走できるかな~と少し弱気になったが、大量に持ってきていた攣り止め用の薬を飲む。収まった感じはないけど、与那の登りへ。ここまで1時間47分。

事前のプランとほぼ同じ。20分ぐらいで登れれば良いと思っていたので、無理には突っ込まない。意外と登っていると、脚の攣りは気にならない。それどころか、毎回長く感じる登坂箇所がとても短く感じた。調子良いのか、悪いのか分からなくなってきた。


ダムからの下りは自信がないので、自分にとって速すぎる人は無理においかけず、なんとか付いていけるグループを選択。ちなみに皆さん、何故か左通行を守る???。アウト、イン、アウトで良いのに。それでも私はブレーキしまくりなので、遅いけど。今回空気圧の設定は明らかに失敗した。チューブレスで6.8ぐらいにした結果、なんだかグリップしない。おととし140㎞に出場したときは、6.2ぐらいでとてもしっくりきていた。途中、単独で後輪が右に左に暴れ、側溝に突っ込みそうになったときは、あきらめかけましたが、なんとか持ち直す。

奥までの区間でも何度か攣りそうな気配はあった。決まって、平坦のとき。登りの際は周りの人よりは明らかに余裕があったと思う。ホントに訳が分からない。


奥では、100㎞U39のスタートと一緒になってしまい、強引に一旦前に出るが、リアルスタートした元気な100㎞組がどんどん抜いていった。このカオスの中で210㎞の10人ぐらいのグループは崩壊。それでも慌てることなく、100㎞組の脚があいそうなグループに紛れて与那まで向かうことにした。


奥を下り、登り返しも下ったところの平坦部分で100㎞の先頭集団が大落車。目視はしなかったが、けが人を介抱しているのが、100㎞に参加していたDジさん。俺にはできることではないなととても感心してしまいました。

そして非情な私はそのまま快速列車にのって、与那の登り2回目。当初のプランだと、25分で登っても問題なさそうだったので、ここでも無理せず登り始める。無理に近くのグループに付いていかなくても、後ろからも来るだろうからそこは安心して登る。強度は低いが、登りはとても調子が良いことが分かる。きっと19分台でも上ることができたのではないかと。

さて、普久川の2回目の関門を通過したときには、11時20分前。この時点で完走は大丈夫と確信して、ゆっくり下り始める。どれぐらい遅いかというと、下りのカーブの箇所では40㎞も出ていないぐらい慎重に下る。しかもアウト、イン、アウトで。もちろん、ライン取りの邪魔にならないように後方に他者がいないとき。下って、阿波の登りでは前にチームメートのO川さんの列車を見つつ、登りきったところで連結解除。

このあたりから、あの2回DNFの際に苦しめられた嘔吐の症状が出始めた。まずい・・・。少しでもドリンクや補給をとると、胃から内容物が逆流。なんとか、口の中でせき止め、胃に戻すという作業を何度も繰り返す。こんな作業に力を入れているもんだから、終始単独走。

それでも追い風基調ということもあり、完走するには問題ないが、きつすぎる。それでも登りになると、嘔吐の症状は出ず、しっかりと登れる。

宮城関門は、12時ぐらい、安部関門は13時前に通過してタイム的には余裕な状況は変わらず。ただ、私の胃腸はもはや限界。ついに、大浦手前で限界突破し、3回ほど、走りながら、マーライオンのように嘔吐。後方の方には、「おいっ!」って怒られた。すいません。涙目になりつつも、13時10分ぐらいには大浦売店通過し、羽地の登りへ。川上も無事通過し、ついに完走確定。みなさんが、最後まで少しでも上位を目指す中、私は中央線の方に寄って、更なるサイクリングモード。

ここからは応援の人が多いので吐くわけにはいかない。慎重にゆっくり(おそらく時速25㎞もいかないくらい)走って、誰も邪魔することなくゴール。奥さんもゴール地点で出迎えてくれた。これまでは不甲斐ない結果しか見せることができなかったので、とても嬉しかった。

タグの返却場所にチームメートが見えたので、そこにすぐに行きたかったが、また嘔吐の症状が・・・。ゴールした人たちの邪魔にならない場所で自転車乗りながら、4回は嘔吐。

少し落ち着いてからチームメートの元に行って、集合写真。完走できてよかったが、普久川2回目以降は、基本単独走でサイクリングしながらのゴール。なんか、これで良いのだろうかと打ち上げで真剣勝負の状況を振り返りながら、悔しがっているチームメートを見て思ってしまった。

予想どおりというか、胃腸の調子が悪い以外は、翌日、翌々日と身体には驚くほどダメージなし。まあ、怪我なく完走できただけでも良しとしよう。